ハンコについて本気出して考えてみた11~わずかな単語で意味が変わる~

前回、「契約書は僅かな単語で意味が変わることも多いです。」と申し上げました。

今回は、その例を申し上げます。

まず、典型的なのは、精算条項における「本件に関し」です。

和解(示談を含みます。)をする場合、「お互い、もうこれ以上請求しない。」という条項を入れることが一般的です。和解をするということは、逆にいえば、これまでは何か紛争状態だったということを意味します。
紛争状態だった以上、いったんは落ち着いても、紛争を蒸し返そうとされてしまうかも知れません。

その蒸し返しのリスクを小さくするために、精算条項を入れます。

精算条項の例は以下の2つです。

①「甲乙間には、本和解条項に定めるものの外に、何らの債権債務がないことを相互に確認する。」
②「甲乙間には、本件に関し、本和解条項に定めるものの外に、何らの債権債務がないことを相互に確認する。」

「債権債務」とは、「請求したり請求されたりすること」という意味です。
①と②の差は、「本件に関し」が入っているか否かに過ぎません。しかし、①と②は大きく異なります。

先に②を御説明します。「本件に関し」とある以上、文字どおり、今回問題になった件に関しては、もう、お互い何も請求しないという意味です。

では、①はどういう意味でしょうか。「本件に関し」が無い以上、今回問題になった件は勿論のこと、今日までの一切合切について、お互い請求しないという意味になります。


たとえば、Aさんが、ネットで誹謗中傷を受けて、発信者を特定したところ、発信者が同僚のBさんであることが発覚しました(余談ですが、発信者が実は身近な人物ということは珍しくありません。)。ちなみに、Aさんは、Bさんにお金を貸していました。
そこで、AさんとBさんが話し合い、誹謗中傷の件で、和解が成立しました。和解条項の中には、精算条項として、「AB間には、本和解条項に定めるものの外に、何らの債権債務がないことを相互に確認する。」という条項が入っていました。

誹謗中傷の件が一段落したので、AさんがBさんに対し、「そういえば、以前貸していたお金を返してよ。」と言ったところ、Bさんは「誹謗中傷の件の和解で、精算条項に『本件に関し』がなかった以上、お金の貸し借りについても解決済みです。お金は返す必要がありません。」と言いました。

皆さまはお気づきのとおり、仮にAさんとBさんとの間で、お金の貸し借りにつき、裁判になったとしても、Bさんの主張の方が通る可能性が高いです。このように、契約書は、わずかな単語で意味が変わってくるのです。

だからこそ、お電話での契約書確認は難しいということを御承知おきいただけると嬉しいです。