ハンコについて本気出して考えてみた9~ハンコが無かったらどうなる?~

ここまで、ハンコの意味について、本気出して考えてきました。

より深めるため、もし、ハンコが無かったらどうなるかという視点で考えてみましょう

まず、このシリーズの一番初めに挙げたような「私ことAは、B様から、100万円をお借りしました。」という借用書を想像してください。この借用書が全文ワープロ打ちで、しかもハンコがなかったらどうでしょうか。

ハンコも署名もないので、民訴法228条4項が適用されません。したがって、法律上、誰が作ったかわからない書類という扱いになります。仮にAさんの名前が挙げられていても、Aさんが作ったとは限りません。

では、「私ことAは、B様から、100万円をお借りしました。」というワープロ打ちの書面の末尾に、ハンコはなく、手書きでAさんの名前だけ(例えば、「A山太郎」)が書いてあったらどうでしょうか。つまり、ハンコはなく、「A山太郎」という署名だけがある場合を、想定していただきたいのです。

この場合、「署名」がある以上、民訴法228条4項が適用される可能性が出てきます。

民事訴訟法第二百二十八条 4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

したがって、「本人の署名」と認められれば、「本人が作っただろう」と認められるわけです。

ここで「本人の署名」とは、「押印」の時と同様、「本人の意思に基づいた署名」という意味です。
したがって、「本人の意思に基づいた署名」であることが立証できれば「本人が作っただろう」と認められます。

しかし、署名には、ハンコと違って、印影というものは存在しません。仮に、銀行印の代わりに署名を届け出る銀行をAさんが使っていたとしても、署名は毎回微妙に変わります。銀行に届け出た署名と一致していないこともありえます。

ここで皆さまは「なるほど、筆跡鑑定か!」とお考えになったかも知れません。しかし、少なくとも私の認識では、筆跡鑑定が重視された例を知りません。裁判官も、それほど、筆跡鑑定を重視していないように思います。

結局のところ、「本人の意思に基づいた署名」というための一番簡単な方法は、本人確認書類を見せてもらうということになります。
たとえば、運転免許証の提示を求めたうえで、面前で署名してもられば、「本人の意思に基づいた署名」があるということになり、「本人が作っただろう」と認められます。

ここまで申し上げると、「やっぱり、署名は面倒くさいな。ハンコの方が便利だ。」とお考えになる方もいらっしゃるでしょう。その感想自体は間違いではないです。

ただ私が申し上げたいのは、「たとえ実印が捺されていなくても、署名さえあれば、合わせ技で『本人が作っただろう』と認められる場合はある。」ということです。

たまに、フィクションで、「この書類には署名はあるけど、ハンコが無いから無効だ」などと述べるシーンを見かけます。しかし、ハンコがないからといって、全ての書類が無効になるわけではありません。署名さえあれば、何とかなることはあるのです。

逆に、やはりフィクションではありますが、「正式な書類にハンコを捺すのはまた後日としますが、本日はこの『覚書』に署名だけもらえますか?」と言われて、署名してしまい、その覚書が独り歩きするというシーンを見かけたこともあります。
現実でも、「覚書」とはいえ、独り歩きすることはありえます。

このように、ハンコは便利で強力ですが、ハンコ以外でも同様のことは起きるかも知れないというお話でした。