退去時に敷金から引かれた修繕費は、払うしかないのか|通常の傷みと特約の線引きを弁護士が解説します

Q 3年半住んだアパートを引き払い、管理会社から精算書が届きました。預けていた敷金10万円のうち、壁紙の張替え代と室内クリーニング代として8万2千円が差し引かれ、戻るのは1万8千円だと書かれています。壁に大きな傷をつけた覚えはなく、家具を置いていた跡と、日に焼けたことによる変色が目立つ程度です。契約書を読み返すと、たしかに「退去時のクロス張替え費用及び室内クリーニング費用は借主の負担とする」という一行がありました。署名した以上、この金額を払うしかないのでしょうか。

A 通常の使い方や年月の経過によって生じた傷みは、民法が原状回復の対象から明文で外していますので、その費用を当然に負担しなければならないわけではありません。ただし、契約でこれと異なる定めを置くこと自体は認められており、その定めが有効といえるかは、契約書の書き方と説明のされ方によって変わります。

民法は、通常の傷みを原状回復の対象から外しています

民法621条は、賃借人は「賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)」がある場合に、賃貸借が終了したときはその損傷を原状に復する義務を負う、と定めています。ただし書は、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでないとしています。

かっこ書きが重要です。普通に住んでいて生じた傷み(通常損耗)と、時間の経過による傷み(経年変化)は、はじめから原状回復の対象に入っていません。ご質問にある日焼けによる変色や、家具を置いていた跡は、この中に入る種類のものです。

国土交通省住宅局参事官の資料『「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に関する参考資料』(令和5年3月)は、この規定について、改正民法(令和2年4月1日施行)で賃借人の原状回復義務に関するルールが明文化され、通常損耗や経年変化については賃借人が原状回復義務を負わないことが明記された、と説明しています。

同じ資料は、借りた人が原状回復義務を負うのは、故意・過失、善管注意義務違反等による損耗等に限られるとしたうえで、その例として、クロスへの落書き、誤ってつけたフローリングのキズ、結露を放置したために拡大したカビやシミ、喫煙によって生じた臭いやクロスの変色を挙げています。

敷金からは、何が差し引かれるのか

民法622条の2第1項は、敷金を「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」と定めています。呼び名が保証金であっても、この目的で預けたお金であれば敷金です。

そして同項は、賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたとき(1号)などに、賃貸人は受け取った敷金の額から、賃貸借に基づいて生じた賃借人の債務の額を控除した残額を返還しなければならないと定めています。

差し引かれるのは「賃貸借に基づいて生じた債務」です。未払いの賃料や、借りた人の落ち度による損傷の賠償は、ここに入ります。これに対し、民法621条が原状回復の対象から外している通常損耗・経年変化の分は、特約がない限り借りた人の債務になりません。

なお、修繕そのものについては、民法606条1項が、賃貸人は賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う、ただし賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときはこの限りでない、と定めています。

契約書に「借主の負担とする」と書いてあるとき

ご質問のように、契約書に借主負担の一行があるときはどうなるか。国土交通省住宅局『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)』(平成23年8月)は、賃貸借契約については強行法規に反しないものであれば特約を設けることは契約自由の原則から認められ、一般的な原状回復義務を超えた一定の修繕等の義務を賃借人に負わせることも可能である、としています。

もっとも同ガイドラインは、続けて、経年変化や通常損耗に対する修繕業務等を賃借人に負担させる特約は、賃借人に法律上、社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため、次の要件を満たしていなければ効力を争われることに十分留意すべきである、として、次の三つを挙げています。

  1. 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
  2. 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
  3. 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

同ガイドラインは、仮に原状回復についての特約を設ける場合は、その旨を明確に契約書面に定めた上で、賃借人の十分な認識と了解をもって契約することが必要であるとし、客観性や必要性については、家賃を周辺相場に比較して明らかに安価に設定する代わりにこうした義務を賃借人に課すような場合等が考えられるが、限定的なものと解すべきであるとしています。

また同ガイドラインは、金銭の支出を伴う義務負担の特約である以上、将来賃借人が負担することになるであろう原状回復等の費用がどの程度のものになるか、単価等を明示しておくことも紛争防止のうえで欠かせない、としています。契約書に単価も範囲も書かれていない一行だけであれば、この点は満たされていません。

消費者契約法10条は、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効とする、と定めています。賃貸人が事業者、賃借人が個人である契約では、この規定も判断の材料になります。

負担する場合でも、請求どおりの全額とは限りません

借りた人が原状回復義務を負う場合でも、金額の出し方に決まりがあります。前記の参考資料は、賃借人が原状回復義務を負う場合にも、建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど賃借人の負担割合を減少させることが適当であるとし、負担対象範囲は補修工事が可能な最低限度の施工単位とすることが基本である、としています。

ガイドラインの別表2は、壁(クロス)について、6年で残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定するとしています。畳床、カーペット、クッションフロアも同じ6年です。一方、畳表や襖紙・障子紙は消耗品として経過年数を考慮しないとされ、フローリングは原則として経過年数を考慮しないとされています。最終残存価値は1円で、賃借人の負担割合は最低1円となります。

負担する範囲についても、同別表は、壁(クロス)は㎡単位が望ましいが、賃借人が毀損させた箇所を含む一面分までは張替え費用を賃借人負担としてもやむをえないとしています。部屋全体の張替え代を丸ごと請求されているときは、この範囲と合っているかを確かめてください。

ただし同資料は、経過年数を超えた設備等であっても、賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っており、故意・過失により破損して使用不能としてしまった場合などには、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得る、と注意しています。

よくあるご質問

差し引かれた金額の明細を出してもらえません。請求できますか。

前記ガイドラインのQ&AのQ17は、賃貸人には敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があり、賃借人は賃貸人に対して明細を請求して説明を求めることができる、としています。賃貸人が敷金から原状回復費用を差し引く場合、その具体的根拠を明らかにする必要があるとされています。

「ハウスクリーニング代は借主負担」という特約も同じ扱いですか。

同Q&AのQ16は、クリーニング特約について、①賃借人が負担すべき内容・範囲が示されているか、②本来賃借人負担とならない通常損耗分についても負担させるという趣旨及び負担することになる通常損耗の具体的範囲が明記されているか或いは口頭で説明されているか、③費用として妥当か等の点から有効・無効が判断される、としています。クリーニング特約が有効とされない場合もあることに留意が必要である、とも述べられています。

「敷金」ではなく「保証金」という名前で預けました。同じですか。

民法622条の2第1項のかっこ書きは、「いかなる名目によるかを問わず」と定めています。賃貸借に基づいて生ずる借主の金銭債務を担保する目的で貸主に交付した金銭であれば、名前にかかわらずこの条文の敷金として扱われます。

要点の整理

  1. 通常の使用による損耗と経年変化は、賃借人の原状回復義務の対象から除かれている(民法621条)。
  2. 賃貸人は、賃貸借が終了し賃貸物の返還を受けたとき、敷金から賃貸借に基づいて生じた賃借人の債務の額を控除した残額を返還しなければならない(民法622条の2第1項1号)。
  3. 敷金は名目を問わず、担保の目的で交付された金銭がこれに当たる(民法622条の2第1項かっこ書き)。
  4. 賃貸物の使用及び収益に必要な修繕は賃貸人の義務であり、賃借人の責めに帰すべき事由による場合は別である(民法606条1項)。
  5. 通常損耗等を借主負担とする特約には、国土交通省のガイドラインが客観的合理的理由・借主の認識・借主の意思表示という三つの要件を挙げており、単価等の明示も求めている(同ガイドライン6頁・7頁)。
  6. 消費者の義務を加重し、その利益を一方的に害する条項は無効となりうる(消費者契約法10条)。
  7. 借主が負担する場合でも、経過年数を考慮し、補修工事が可能な最低限度の施工単位を基本とする(同ガイドライン別表2)。

※本記事の条文は、2026年9月24日時点のものです。

精算書に署名や押印を求められている方へ

退去の精算書には、「本書の金額をもって一切の債権債務を清算し、今後互いに何らの請求もしない」という趣旨の一行が添えられていることがあります。この欄に署名してしまうと、差引きの根拠を後から争うことが難しくなります。金額に納得がいかないうちは、その場で署名せず、内訳の明細を求めてください。

賃貸借契約書の原状回復条項や、退去時の精算書・確認書の文面を、署名する前に確かめたい方は、契約書・和解書・示談書のサイン前レビューをご利用ください。すでに請求を受けている段階であれば、定額初動レビューで、書面の読み方と次に取る手をお示しします。費用の定めは弁護士費用に掲載しています。賃貸借と民法の関係については、民法改正講義案6(賃貸借1)でも取り上げています。

※本記事は一般的な法律解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。具体的な事案は弁護士にご相談ください。

敷金の精算書に署名する前に

壁紙を部屋ごと張り替える代金を丸ごと請求されている。何年住んだかが金額に反映されていない。契約書には「借主負担」の一行しかなく、単価も範囲も書かれていない。ひとつでも当てはまるようでしたら、署名や振込みの前にご相談ください。精算の根拠を確かめることは、退去した後でもできます。

ご相談のご予約(対面・オンライン)

LINEで相談する/サイン前レビュー

浅井裕貴弁護士(静岡県弁護士会)

静岡市清水区出身の弁護士。一橋大学・中央大学法科大学院卒業、静岡県弁護士会所属。ネットの誹謗中傷・発信者情報開示請求(意見照会・トレント対応を含む)、相続・遺言、交通事故案件に注力。基本情報技術者の知見を活かし、IT・インターネット分野の法律問題に対応している。