氏名・住所を明かさずに訴訟できる可能性あり

これまでは、訴訟を提起する時に、訴状に名前や住所を書くのが原則でした。
例外的に、裁判所の運用で、省略したり別の記載をすることが可能とされてきました。

そのため、「訴えたいけど、名前や住所が相手方に知られるのは嫌だ。」とお考えになる方は、訴訟提起をすることをためらっていたのではないでしょうか。「運用」ということは、結局のところ、どうなるか分からなかったからです。

しかし、民事訴訟法改正により、令和5年2月20日から法律上の制度として氏名や住所等の秘匿が申立可能になったのです。
これを「秘匿決定申立」と呼ぶようです。

第百三十三条 申立て等をする者又はその法定代理人の住所、居所その他その通常所在する場所(以下この項及び次項において「住所等」という。)の全部又は一部が当事者に知られることによって当該申立て等をする者又は当該法定代理人が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることにつき疎明があった場合には、裁判所は、申立てにより、決定で、住所等の全部又は一部を秘匿する旨の裁判をすることができる。申立て等をする者又はその法定代理人の氏名その他当該者を特定するに足りる事項(次項において「氏名等」という。)についても、同様とする

裁判所としては、DV被害者や犯罪被害者(ストーカー被害者など)が典型例と考えているようです。
DV保護命令や、刑事事件の判決を添付すれば、氏名や住所などの秘匿が認められやすいという説明を受けました。
なお、そのような客観的な資料がなくとも、事情を説明した書面を提出すれば、認められることもあるであろうとのことです。

ただし、氏名や住所等の秘匿が認められるのは、「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれ」がある場合と記載されています。つまり、かなり抽象的であり、範囲が広く解釈できる余地があります。

したがって、私見とはなりますが、芸能人の方やユーチューバーさんなど、芸名・ハンドルネームで活躍されている方も認められる可能性があるのではないかと思います。
さらに私見を申せば、源氏名で働いていらっしゃる方も、認められる可能性があると思われます。

たとえば、芸名・ハンドルネーム・源氏名で活躍していらっしゃる方が、名誉毀損やストーカーなどの犯罪被害に遭われた場合も、認められる可能性があるのではないかと考えております。

さて、訴訟を進めるにあたり、氏名や住所の秘匿だけで十分でしょうか。たとえば、DV被害者の方がお子様の通う小学校について書面を出したい場合、どうしたらよいでしょうか。お子様の通う小学校を相手方に知られると、お子様に何かあるかも知れないという可能性はもちろん、住所を推測されてしまいます。

しかし、お子様の学校を「住所」と解釈することは難しいです。そこで、別途、条文が必要ということになります。

第百三十三条の二 秘匿決定があった場合には、秘匿事項届出書面の閲覧若しくは謄写又はその謄本若しくは抄本の交付の請求をすることができる者を当該秘匿決定に係る秘匿対象者に限る。


2 前項の場合において、裁判所は、申立てにより、決定で、訴訟記録等(訴訟記録又は第百三十二条の四第一項の処分の申立てに係る事件の記録をいう。第百三十三条の四第一項及び第二項において同じ。)中秘匿事項届出書面以外のものであって秘匿事項又は秘匿事項を推知することができる事項が記載され、又は記録された部分(次項において「秘匿事項記載部分」という。)の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製の請求をすることができる者を当該秘匿決定に係る秘匿対象者に限ることができる。

このように、氏名や住所を「推知」できる内容については、申立により閲覧等制限をかけてもらえる可能性があるという条文が別にあります。
これを「閲覧等制限申立」といいます。
閲覧等制限をかけてもらえるということは、相手方にも見られないということを意味します。

したがって、氏名や住所そのものについては民訴法133条1項で対応し、その他の推知されそうな事項については民訴法133条の2で対応するということになります。

これにより、裁判所に提出する大半の書面について、秘匿したり閲覧制限をかけたりできるというわけです。

なお、強制執行などにも、秘匿決定の効力は及びます。

第百三十三条 5 裁判所は、秘匿対象者の住所又は氏名について第一項の決定(以下この章において「秘匿決定」という。)をする場合には、当該秘匿決定において、当該秘匿対象者の住所又は氏名に代わる事項を定めなければならない。この場合において、その事項を当該事件並びにその事件についての反訴、参加、強制執行、仮差押え及び仮処分に関する手続において記載したときは、この法律その他の法令の規定の適用については、当該秘匿対象者の住所又は氏名を記載したものとみなす。

つまり、訴訟提起から差押まで、あるいは、仮差押から本差押まで、相手方に氏名や住所を知られずに進められる可能性があるということになります。
もし、相手方に氏名や住所を知られるのが嫌で訴訟を躊躇っていた場合、ぜひ、秘匿決定申立や閲覧等制限申立を活用する形での訴訟提起を御検討ください。
もちろん、弊事務所でもご相談対応可能です。よろしくお願いいたします。