【判例速報】知財高裁・TikTok発信者情報開示(PayPalホルダー名)/大阪高裁・市議のX投稿と名誉毀損(2026年9月1日)

裁判所ウェブサイトの新着裁判例のうち、当サイトの過去の速報で未報告のものは2件です(いずれもインターネット関連分野に直接該当します)。

【注記】裁判所ウェブサイトには掲載日(公開日)が表示されないため、「昨日から本日に公開された分」を厳密に特定することはできません。そのため、裁判年月日ベースで直近の新着一覧(下級裁判所(速報)・新着統合・知的財産裁判例集の3本)を確認し、当サイトの既報分との重複を個別に除外しています。

1.知的財産高等裁判所(第3部) 令和8年8月18日判決(令和7(ネ)10086・発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え控訴事件/控訴棄却)

事案の概要

控訴人が撮影した動画をダウンロードして他者のTikTokアカウントで投稿された2本の動画につき、控訴人の著作権(複製権・公衆送信権・頒布権)を侵害するとして、TikTokの管理・運営者(被控訴人)に対し、プロバイダ責任制限法(令和6年法律第25号による改正前。現・情報流通プラットフォーム対処法)5条1項に基づく発信者情報開示命令を申し立てた事案です。
東京地方裁判所(令和6年(発チ)第11447号)が令和7年2月3日に決定(一部開示)をし、控訴人が同法14条1項に基づく異議の訴え(東京地方裁判所令和7年(ワ)第70067号)を提起、原判決が原決定を認可したため控訴したものです。

判断の要旨

控訴棄却。開示が問題となった各情報について、次のとおり判断されました。

  • PayPalアカウントの「ホルダー名」について、被控訴人はこれを保有しているものの、ホルダー名はPayPalユーザーが自由に設定可能であり、戸籍上の氏名と一致させる義務が課されていないこと、本件においてホルダー名がTikTokアカウント保有者の氏名と一致することを認める証拠がないことから、発信者情報(同法施行規則2条1号)の「氏名」に該当するとは認められないとされました。偽名を用いる可能性が低いという推測のみでは足りないとされています。
  • クリエイターの氏名・住所については、米国税務規則の適用がある場合にのみ納税者情報の提供が必要となるところ、本件アカウント保有者への適用状況が不明であり、支払調書発行の事実もないとされました。税務処理上必要なはずであるという推測から実際の保有を推認するのは飛躍があるとして、被控訴人が保有していると認めるに足りる証拠がないと判断されています。

実務上のポイント

海外プラットフォームに対する発信者情報開示において、決済サービスのアカウント名(PayPalホルダー名)を「氏名」として押さえにいく構成が、ユーザーによる自由設定可能性を理由に正面から否定された点が実務上重要です。あわせて、「保有」の立証責任は申立人側にあり、「税務処理上保有しているはずだ」という一般論からの推認は認められないことが明示されました。収益化アカウントの発信者特定においては、決済事業者に対する別途の開示請求や、ログイン時のIPアドレス等の経路情報からの特定を併用する必要があります。

出典:裁判例詳細判決文PDF

2.大阪高等裁判所(第2民事部) 令和8年7月29日判決(令和7(ネ)2273・損害賠償等請求控訴、同附帯控訴事件)

事案の概要

市議会議員である被控訴人がX(旧ツイッター)で行った一連の投稿により、名誉を毀損され、プライバシー権及び肖像権を侵害されたとして、控訴人が慰謝料等550万円および投稿の削除を求めた事案です。問題とされた投稿は、控訴人が朝鮮学校無償化運動に参加していることと訴外会社の役員であることを結び付け、控訴人の親族が北朝鮮のスパイとして死刑判決を受けた事実を並記し、控訴人の写真を複数掲載したものです。被控訴人はXで数万人のフォロワーを有していました。
原審は大阪地方裁判所(令和6年(ワ)第4903号)。

判断の要旨

一連一体である本件各投稿は、控訴人が北朝鮮による非合法活動に関係を有する者であることを示唆するものであり、全体として不法行為法上違法と評価されるとされました。被控訴人が主張した市民的議論の喚起という公共目的については、親族の事件と公金支出との関連性が認められない以上、違法性阻却を基礎づけないとされています。写真の掲載についても、みだりに容ぼう等を公表されない利益の侵害にあたり、公共目的による正当化は控訴人の受ける不利益の程度を上回るとはいえないとされました。

損害額については、被控訴人が数万人のフォロワーを有する政治家であり、本件投稿が一定の政治的思想を有する第三者による控訴人への攻撃を誘発する危険を生じさせたことを考慮する一方、投稿①及び③が投稿の翌日頃に削除されたことも考慮して、慰謝料80万円・弁護士費用8万円の合計88万円が認容されました(遅延損害金は令和6年2月2日から年3%)。削除請求は、原判決後に投稿②が削除されたため棄却されています。
なお、人種差別に当たるとの主張については、特定の民族や人種に着目した文言が記載されているわけではないとして退けられています。

実務上のポイント

政治家によるSNS投稿の名誉毀損事案として、次の点が実務上参考になります。

  • フォロワー数と発言の影響力を、注意義務および損害額の考慮要素としたこと
  • 投稿を個別にではなく「一連一体」のものとして違法性を評価したこと
  • 第三者による攻撃を誘発する危険(二次的な被害)を明示的に損害の考慮要素としたこと
  • 投稿の早期削除が減額事情として働いたこと
  • 削除請求が係属中の任意削除により棄却されており、訴えの利益の管理に留意を要すること

出典:裁判例詳細判決文PDF

精査状況について

  • 上記2件は、いずれも裁判例詳細ページの「判示事項」「裁判要旨」欄が空欄であり、本記事の要旨は判決文PDFの記載に拠っています。原典(courts.go.jp掲載のPDF)は確認済みです。
  • 下級裁判所(速報)一覧は先頭30件のみが静的に取得可能であり、31件目以降は本日の確認範囲に含まれていません。

出典

本記事は、裁判所ウェブサイト(courts.go.jp)掲載の以下の公式ページに基づいています。

浅井裕貴弁護士(静岡県弁護士会)

静岡市清水区出身の弁護士。一橋大学・中央大学法科大学院卒業、静岡県弁護士会所属。ネットの誹謗中傷・発信者情報開示請求(意見照会・トレント対応を含む)、相続・遺言、交通事故案件に注力。基本情報技術者の知見を活かし、IT・インターネット分野の法律問題に対応している。